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2012年12月1日更新(51号)

かすかにわれは    鈴木 禮子

蟬声はもう聞えないさりながら灼けつく夏の帝王去らず
孫の汗は白球にちり賀惠さんのわつと沸きたつ夏が終つた
ほのじろく明け渡りゆく午前五時彼岸と言ふに寝苦しき夜や
住み難き地球を捨てて移住する目論見あらむ異星探査に
夏果てのさやかに締る朝の色「北が降りる」と母の声する
巨大ブラシのごとくに猫は尾をたてて隙間のゴミをわつと浚ふも
瞬きもせずに見詰めて身を捩る夜食の時であつたか猫よ
友が短歌(うた)ある日ぷつんととぎれける訣れのサインなどであらすな
ふるさとを持たざるものにひさかたの月日ながれてすべては夢か
父と母、亡きいもうとをふるさとと呼べば群青の朝顔ゆらぐ
ま青なる朝顔のむれ光りつつ金もくせいの木立のなかに
晩秋の彩りとして冴え冴えとあさがほ青き()をひらきたり
ふるさとは遠きにありて思ふもの、たちあがりくる犀星の詩句
一年に一度出番の「錐」を揉むやがて死語へとなりゆくかキリ
どことなく老けたよなァと言ひ合ひて子ら五十歳いま円熟期
手触れつつ語る人のみ残しおき整理なさむかアドレス帳も
生きの日のかなしみなどと言ふなかれ十方(じっぱう)(ぐれ)の路も果てたり
稼働日は月火木金、水・土日のみ休日(やすみ)なり老いたる今も
ゴミを出しリサイクルゴミも運びつつかすかにわれは満足をせり
駅前の樟の巨木の根方には共生しばし桔梗、なでしこ
私小説はおのれが主題 短・俳は個の情動を載せてゆらめく
わかうどは夜明けの歌をうたひをり老いたる吾はひぐれのうたを
レコチャンと囁きくれし肉厚の父のてのひら思ひ出づる日
i音が好みなりしかレイコ・テイコ更にはケイコと名をぞ定めし
イシ・イシゾウ・イワジ・イワゾウ嬰児(みどりご)にものはづけめく固き命名
長生を祈りて付けし名にかあらむ災害多きみちのくにして
誰ひとりもうこの世には(おは)さねど潮騒に乗り顕ちくる微笑
みはるかす海の彼方に佐渡島(さどがしま)二度とかへらぬ彼の日かのとき
幼くて残る記憶は菩提寺の身丈にあまる山茶花の垣
草笛を吹きじゅず玉を繋ぐ日に()を包みしは(はつ)秋の野辺
命題をもち一生を貫けり仰ぐ虚空の北斗のひかり

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