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2012年9月1日更新(50号)

北斗のひかり    鈴木 禮子

頭を垂れて口をとざして吾は読む一生(ひとよ)をかけて紡ぎたる詩を
透明で硬質、されどあたたかし天につながる光かこれは
墓土を掘りてまみえむと思ふかな生れは明治末年の詩人(ひと)
雨夜には梔子がよしと聞きたれど若く果てにき時のはじめに
夜はことにくちなし匂ふしらじらと魂魄を負ふ花とおもふに
ゆきなづみ過ぎゆくものの影淡し或る時は人あるときは華
こみどりの庭木の中に濡れてをり頭を垂れにつつ青のあぢさゐ
梅雨(ざむ)の『半夏生』こそめでたけれ葉を染め分くる()あり雪白
庭の朱実食みつつ啼きしひよどりも帰りきたらず春先までは
夏至に入れど寒き朝なり身は冷えて鳥のやうな人だよ飛び去ったまま
型より入り己を同化するといふ 智慧なのだ()は人の創れる
『屈原』ときみを呼びたるひと在りて荒ぶる魂として果てにき
荒海を()く帆船の長なれや偲びてあれば遠き雷鳴
まみゆるは遅きに過ぎし夏晴れを添景として紀伊のやまなみ
辛うじて生きて踠きて夏は闌け置き忘れたる茄子は(くた)せり
雲の中にただよふ気分おもむろに着せられゆくかかの拘束衣
愛と言ひ恋とよびたる恍惚は生の滾ちの時のことにて
僅かばかり適期外れて根付かざる挿木は萎えて『すみだの花火』
仏桑華、花はきいろの底白に揺れやまぬなり夏のまひるま
ひぐらしの初鳴き去年(こぞ)より十三日遅しと伝ふ 熱帯京都
暑熱に喘ぎ乾きに耐へて立秋や息もちひさく蹲りゐる
稲妻の斜光をあびて目覚めたり夏から秋へ夏から秋を
人も草も生の極限とおもふ日に沛然として雨降りしぶく
涸らびつつ地に張り付きし草の葉が雨の一夜に立ちあがりたり
心肺の停止の後に蘇生(もど)りしと人は告げくる遠き電話に
のこりたる知人の数が減ってゆく長居の味の儚さは増す
あの人は生きているかと心に問ふ生死一如か 穂すすきの群
政治家に芸人もをり彼の死を惜しみなげきて創造者たち
吾と同期 昭和初年のもの書きの『落日燃ゆ』の書籍(ふみ)に慎む
命題をもち一生を貫けり仰ぐ虚空の北斗のひかり

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