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2012年6月1日更新(49号)

白樫の影    馬宮 敏江

やわらかき二月の雨の降りつずく桜の梢を紅に染めあげ
めずらしく花芽三本立ち上る君子欄に朝の挨拶
蓮経寺の紅梅ほつほつほころびぬ積ることなき春の雪ふる
アルバムの処理をしながら若き日に出会いてひとときナルシスとなる
五十年同じ形に眉を引き昨日文楽今日整骨院と
彼岸此岸、結界に吹く風かとも土堤一望のひめじょんの波
店先に並ぶ菜の花ふきのとう街は弥生の雨ふりつずく
就活の黒のスーツのひと群にかがやき貰いぬすれ違うとき
夕ぐれの藍倉、繭倉並ぶ路地孕みし猫が横切りてゆく
彼岸会の祖母の習いは忘れしも形揃わぬおはぎを供う
一億円当らばふる里東北へ夢はてしなく明日抽選日
甲子園(もと)同藩のよしみにて共にがんばれ、鳴門対洲本
ようやくに陽の射し入りて春の窓ヒップホップの白樫の影
ボォワー警笛ならしディーゼルカー菜の花咲く中ことこと走る
ワンマンカー無人駅は車掌となり運転席で 出発進行
ばあちゃんの作りし芋餅(もち)も店先にピアスの若者八百屋始めぬ
田植(たうえ)(がん)綿入りちゃんこを離さざりし祖母思う頃早苗の五月
長右衛門に縋って拗ねて泣いて伏すかんざし揺れる十五のお半
切なくもかなわぬ恋に身を捩るお半をつかう蓑助も共に
敷きつめし新緑の中すべるごとロープウェーは円教寺目指し
おそるべき匠の技の千余年一山統べて堂宇鎮座す
スーパーで一本貰いしカーネーション若葉にかざしペダル踏みこむ
忘れたき誕生日のまためぐりきぬ息子らに祝われ素直にならねば
つつがなく孫、息子は勤め、吾が勤め朝夕鉦打ち家内息災
むらさきの花芽ことしも揺れていん春日の宮の砂ずりの藤
さむきまま梅雨に入らんか紫陽花の色ずき初めて今日もまた雨
プライバシーというに守られ両隣何する人ぞ知らず十年
消灯の余儀なき時代(とき)を生き来しに節電、節電戸惑いてきく
登校の子等の歓声通り過ぎゴーストタウンのような静けさ
とおき世の茜の雲かなお燃える歌友より賜う歌集「雁の書」

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