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2012年3月1日更新(48号)

ソノ(さが)ハ睡リヲ好ム    鈴木 禮子

珈琲色に滾れる川の加茂川の出水(でみず)ありしは七むかしまえ
古地名は愛宕(おたぎ)(こほり)、上賀茂村 父母(ふも)に縁ありて建墓の地とす
その昔疫病(えやみ)流行りて天地の神をたよりに依代(よりしろ)の鉾
祇園()もやすらひ祭もやるせなし悪霊退散は祭の起源
チェルノブイリに被爆の人の数知れずフクシマ然り神話崩れて
老いぬれば祈るのみなり禍ごとに対はむすべの久しく絶えて
亡き人の遺しくれたる『大言海』書架の下段に重みを増せり
ソノ(さが)ハ睡リヲ好ミ寒ヲ畏ル「猫」の(注)なり【大言海】の
猫の時間分かちつつゐてモワモワの腹毛撫づれば昼が傾く
夕ぐれに騒ぎ出だせり寝るのみが猫ではないと尾をふりしだき
青年の声透きとほるアルトなり直滑降のシュプールを曳く
パンジーはフリズルシズルの名を持ちて青き滴のしたたる斑入り
テレビドラマ見つついつしか爆睡す創りし人に申し訳なし
年女といふも昨日の続きにて朝来れば食す白米と味噌
子も孫も健やかなれば事もなしバレンタインのチョコレート垂る
「雪の降る街を」といへる唄ありて母の慕情にとめどなく雪
雪の日の(はふ)りに逸話残したり「裸足(はだし)は禁止」と曾婆(ばさま)一声(いちご)
愛されし記憶はしろき綿のやう(くる)まれゐたし老いたるいまも
春浅く梅春(うめはる)なりと人の言ひ青谷にしろく旗はなびかむ
ゆりかもめ鳥柱なし北を指す見たしと()へど果たせぬひとつ
棲みをりし家を覗くに仔鼠の走る見しとぞ老人施設(ホーム)の友が
この()にはもう住めないと繰り返す言葉はただに黙して聞きつ
暖かき老人ホームの陽だまりは()あれも来ない息子も友も
ただひとり部屋にこもりて姥捨てや結界あらば渉り終へしか
ごめんねと心で詫びて棄ててゆく是非なしとせむ友との絆
パソコンにわたしの一日(ひとひ)消えゆきて我慢限界の猫が見てゐる
庭仕事日増しに辛く盆栽も手掛けしなれど何処かがちがふ
ぬれぬれと雫たらして咲きゐしが素心蠟梅の花どきも過ぐ
厭はしきものは見ぬ振りしてゆかむその数いくつ消しゴムで消す
()れし日を寿ぎ贈りたまひたりくれなゐ淡き花イワハナビ

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