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2011年9月1日更新(46号)

地平線    鈴木 禮子

身力も引き潮にして盛り上がる激しきものは影潜めたり
春秋(しゅんじゅう)の過ぎいつしらに身の程を知るころほひか ハルジオン咲く
濡れながら草刈るひとを見遣りたり中年といふ確かさ薫る
天気、気温、体力、はつかあかるめば絵を観にゆかむ青木繁の
若くして死にてゆきたる天才の精魂こめし画像の青さ
百年前の漁はさながら苦役にて庇護するごとく乙女も描く
『わだつみのいろこの宮』は夢の夢津波の立ちし陰にい隠る
一つひとつ記憶のうすれゆく日日の薄明にゐてわが見し濃霧
人間の(をは)りの日日のゆららゆらら巨き水母に呑まるるごときか
ひとり消えまた一人消えとめどなし終着駅にいまか雪崩(なだれ)れむ
無理を避け人と離りて棲むわれや滴る色の花ばなを恋ふ
原発を受け入れし地の繁栄が死の沈黙へ変りゆくまで
人間を返せときみは詠ひたり「海の(つら)」とも吐き出すやうに
老杉の木末(こぬれ)の囲む輪のなかに底なきごとし青き夏空
一山(いちざん)を揉みとよもして夕立(ゆだち)降る夏の盛りもよしと言ひしか
「寂しいよ、晩夏といふは」今にして老学究のひとことを恋ふ
()移りを告げておかねば貴方には」繰り返し鳴るさみしき電話
『引揚』の後をけ長く住み古りし家棄てて今日404(よんまるよん)
考へられぬほど遠きスポットで口を噤みて知りたるものは
一夜さの明けしホームの老友に告げむことばを氷湖にとざす
結末の二行ばかりが長編の小説(ロマン)の総て言ひつくしたり
百日紅(さるすべり)、なれに咎などなきものを疎みて過ぎき長のとしつき
矮化処理済みし唐棣(はねず)のさるすべり今年わが家に根を下しゆく
華のある女優なりしがまざまざと接写の首に寄する年波(としなみ)
掃苔録たぐる晩夏のはかなごと微笑みひとつ、ふたつ、三つと
白々と夜のとばりは明るめりこの世かの世といふも地つづき
幼な子はいつか育ちて締りたる体躯をもてり夢満たしつつ
(とを)の子はまだ稚なくて火をつけし線香の束おづおづと手に
線香の束を墓前に手向けつつ「始めてやもんネ」と真顔に告ぐる
「オバアチャンいくつ?」と問ひて「わア」といふ想定外の歳なるらしく

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