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2011年9月1日更新(46号)

長き一日    馬宮 敏江

鮮やかな丹塗りの柱そこここに復原されし藤原宮跡
発掘されし朱雀門跡 大極殿 釆女の行き交ふ古えしのぶ
三度目の深大寺そばを味会ひぬ今は亡き友と座りし席に
雑木林の緑濃くして六月の風吹きわたる武蔵野の空
水戸街道、小金井街道、青梅街道、江戸を残した道路標識
軒下のてるてる坊主の萎れいる止む気配なき運動会の朝
一度見て二度見上げられおもむろに席ゆずられぬ南海高野線
重重と花ぶさ垂れて紫陽花の三たびを咲きぬ友逝きし庭
六月のたのしみなりしに沙羅の木のどこに行きしか駐車場となる
二十年経し観音竹に花つきぬ ごくろうさま そっとささやく
三年目姫睡蓮の花芽つく豆つぶ程の小さな蕾
吾が町に関西大学移りきて湧き上る歓声今日大学祭
嬉しとも吾にはかかわり無けれども若者あふれる町であれかし
「推敲」とう庵に会いし真葛ヶ原寂びたる構え今も忘れず
ディゴの花、のうぜんかづらの朱き花、もつれて揺れて暑さなお増す
可笑しくて一寸かなしい刑事役哀愁秘めたる藤田まこと死す
「節電せよ」「熱中症に注意せよ」日々の放映心まどわす
殺生なき場所と決めてか佛だんに灯せば飛び出す憎き蚊一匹
幾度を植えて根付かぬ千両の鳥の恵みか芽吹く一本
後向きに手を振り出勤する息子うなじの白髪少し増えしか
絢爛の祇園祭のそれよりも野の道を練る祭恋しき
百余年凛として立つ無住の家故郷豪雨にこころ騒ぎぬ
身を整えお茶を供えて南無阿弥陀仏これより始まる長き一日
亡夫の乗り家路に急ぐ馬なれば姿(しな)よく曲る胡瓜を選ぶ
時折は吾が意に添わぬ娘の意見 も早子供に従うべきか
生駒嶺より和泉の山に渡す虹明日は良き日を 胸ふくらます
盆休み果てて孫らの帰り行く残るは疲れと空の冷蔵庫
炎天に矯正する人される人大声聞こゆ高い塀越し
味気なき砂漠のような街に棲み無性にききたしこうろぎのこえ
幾年をかかわりてこし道ながらつまりは五、七,七、と指にかぞえる

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