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2011年3月1日更新(44号)

パンパスグラス    鈴木 禮子

いますこし生きてみむかと別れたり西も東も濃き藍のいろ
白髪を靡かせながらすくと立つ踏切脇のパンパスグラス
そうめん瓜の歯にさりさりと優しきを夕餉に噛みて秋ふかくゐる
百二歳の本屋のあるじ健やけく辣韮好(らっきょうず)きで日毎に喰むと
大寒の夜は熱燗のくらくらと酔ひしみてゆくまでを良しとす
盆栽の欅ことごとく黄葉せり明くれば潔く変身をせむ
しんしんと寒つのりくる歳晩の黄の臘梅の冴え透るなり
誰におくるものならねども書き溜めつ零れ転びてわがみぢかうた
美しきものを生みたきこころざし身ぬちにありて未だ諦めず
をさなごもいつか少年底知れぬ海の瞳をして身を伸ばしをり
見目よくていとしまれたる飼猫の死すてふ噂巷を走る
寒の気に苛めやらねば花つけぬ草のくさぐさありて愉しむ
「仕事せねば生きてる意味がないからね」百翁語るをテレビに聞きつ
ブログにはかはたれどきの雪だるま永遠(とは)に溶けざるままの姿に
雪うさぎ目は南天でありしこと思へば遠し昭和の雪は
わが触れし刻の記憶をのこすべし一刷毛の雲いまながれたり
賀恵(かえ)さんが詩の花束を送りくる行き暮るるとも華やぎのいろ
夜の底の()けてほのかなうすあかり大寒にしてやがてきさらぎ
ふうはりと眠り兆せばさからはず睡りてゆかな平底船に
睡魔とは(たれ)名付けしか手も足も(なづき)も溶けてすなはち暗む
生きてあらば心揺らせて詠ふべし氷点を割るしののめどきも
呟きはみそひともじの歌となる思へばながき道連れとして
旧臘の訃報あまりに多くして爾今年賀を断つてふハガキ
共感を求むるとても何ならむ重ねてゆくか海の沈黙
寒ければ顔見するなと庭師言ふ ときの間を経てうべなふわれは
枝のみの鉢物なれど寒肥(かんごゑ)を入れくれしなり付き合ひながく
老いの影彼にも見えて三十年(みそとせ)のおろそかならず小雪散る庭
庭仕事為すは庭師の約束ぞ気にはするなと諭されてゐる
低温を好めるものは芽に出でつ紫ふかく花ヒヤシンス
匂ひたつあまきかほりはストックの春よぶ花ぞ酔ひしれてゐる

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