目次

2009年6月1日更新(37号)

マンホールの蓋    月山 幽子

きりぎしに追ひつめゆきて多少ともアクロバットの技が身につく
生子とふ得体知れざる物を喰ひ充ち足り眠る愚かでもよし
幾重にも包みてあれば秘密めき中にしのばす玉葱の皮
人形にトイレットペーパー巻きつけてミイラ遊びの痴呆老人
ベランダを汚す埃に宇宙(そら)よりの信号物質あるやもしれぬ
大の字に天を仰ぎて寝る老女 日輪しだいに不機嫌となり
火なくとも煙のたてるスケッチ画の中に手品の楽しき工夫
畜生腹を売りものにせるドラマあり嘔吐もよほすその不潔さに
数式は何処よりくるはじめよりあるものならむコーラのまむか
くれなゐのハジカミ生姜その軸の明るくあれば夜かるくなり
キリギリス怠けものとマイナスの伝説かたし破りてみむか
淫奔黒の手袋なげだされ すかさず拾って走る老婆の
真っ黒の手袋おちてゐし道の彼方に朝の虹のたつなり
海老フライレモンたっぷりしぼりかけどこかで笑ふ死神のあり
浅瀬には玩具のピアノ沈みゐて月なき夜に突如なりだす
蛋白質の焦げる匂の向かふには煙突が立つ煙はきだし
病むほどに品よくなりゆく人の居て健康かざすムキムキ人あり
花もたぬ夏樹の上を悠久が仮面を付けて渡りゆくなり
ざわめけるわれの潮騒そのかみにうろくずなりし日々の模様の
塩ひかる厨の窓にみみずくの来りて啼きぬ異界とはなり
膿み傷が魔法の指にふれられて花びらとなる桃色秘境
精霊に賜ひし刺のなきバラをかこちゐるなり夜の少年
深層水火山の匂ひかぐはしく夢の中まで奔流したり
鋏の先つまり尖れるもの怖れ自律萎えゆく脳の一部が
せりせりと芹を食みたり血液のみどり夢みて春をし待たむ
ヒヤシンス水仙香る部屋に居て窒素寸前冷気を乞へり
しばらくは間欠泉の休みたり安請け合ひの安堵にひたる
マンホールの蓋持ち上がるような雨期茸の息がはなやぐものを
軽薄の都会の闇をマンションの太きパイプへ加虐に流す
ただれたる都会の臭ひ緩和する鋭き冷気と激しき風とで

▲上へ戻る