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2007年12月1日更新(31号)

白き霧    矢野 房子

ふり向けぬ(だい)夕照りに老いひとり生きゆくかなたの赤き幻
美容室で奨められたるマニキュアを断るすべは皺ほどあるに
喘ぎあえぎ夏を越さむかひとり居に抹茶点じて暫し充たさる
朱の花のうぜんかづらの花殻を朝々拾ふ華やぎの量
枕辺の蚊取せんこう真夜中につき合ふ時計も共にけぶりて
氷枕にゆだねて眠る熱帯夜わが身の事はわが身がまもる
杳き日に初めて購ひくれたりきいつまでも白きセラミック鋏
女子バレー優勝したり!ひとり夜にいざや一献当然の如く
大葉陰に稚き花芽の群立ちて瑞々とあり倶に生きむよ
陽のあたる出窓に並ぶ花たちとおしゃべりの(とき)いつまで続く
夏水仙緑の中に隠れ咲き不意の輩に想ひのめぐる
夕風(かぜ)がふふむするめの匂ひ(なま)なまとわれは一度も求めざりしを
日本に力士ありとぞ行け行けの気迫をわれにくれたる若手
悲しみも甘えも涸れてささいなる評論家たれ老いを愉快に
はにかみて純なるひとこま無理しても思ひおこさむ彼の日の気配
気にするな今ぞ消すべし 中秋のすすき出窓にはればれとあり
児童らの慰問とふ事ありし夜はどっとつかれて苦笑の絶えず
さ庭辺に不意に枯れたるリラの木は思ひ出もちて亡夫を追ひしか
(とき)来ればリラの花房やさしかりしつい振り返る恋しきものを
突然の黒き毛虫は歩を阻むわれを無視して草むらに消ゆ
今までは悲鳴をあげて逃げたれど美々しき蝶となりてぞ戻れ
雲か?否、海上走る波は霧 もこもこ白き霧に見とれる
探してでもてんとう虫のブローチをつけ揚々と背伸びをするも
驚きに引締まるとふ人の声におさなごころを取り戻したり
プラ(じるし)を袋にまとめる()さきエコ 地球にやさしきわが仕業(しわざ)とも
帰り来よ切に願ふはエゴなるか息子は遠く老いは詮無し
夏は逝き深夜に流るる音声(おんじょう)に吾は独りぞ眠りつぎゆけ
われ()歳終の年賀の絵を描かむ思ひっきり赤を使って
秋が来てむらさきしきぶのむらさきの粒濃くなれり君も来給へ
長らへし人らの顔も入替はりボランティアルームに色紙残る
「もういゝ」とボンベ外しし終焉を人ら語らず知る人もなし

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