目次

2007年12月1日更新(31号)

韃靼海峡    鈴木 禮子

地図になき海峡こえてゆく蝶をわれも夢みむ秋青くして
潮時を逸して過ぐる魚の影、秋昏れがたの光のなかに
身一つをもてあましたる夏の果てみちしほのごと秋は寄せくる
生れ()初子(うひご)に父は名づけしかいのち(よみ)して「初枝」とぞ呼ぶ
秋冷をよろこぶ猫が弓なりに(からだ)を反らす朝のフロアに
晩秋(おそあき)の列島異変 とある日は京都真夏日、あばしりは雪
少子化のつけを払ふは若者と老いし大臣(おどど)はひややかにいふ
歌どころではなかりしものを、灼熱の日々去りゆきて笑み戻りたり
砂漠の日々好めるものをわれは見つ龍舌蘭の葉の尖りやう
三十度割りてふたたび人らしく手足伸ばせり猫とならびて
見わたすに黒御影石の墓の列 人のくらしも穏しきごとし
グラスに酌むワインに酔ひてはるかなる収穫祭のまねごとをする
愉しむごと枝ぶりなどを見てゐしがやおら動ける庭師の鋏
細やかに時移りゆき四季といふスライドショーの最中(さなか)なる「秋」
秋の猫は(だん)をもとめてわが傍に蹲るべく手立てを()へつ
宿根の青きあさがほ小さくて秋の終りを這ひ登りゆく
翳のなき街に疲れてわれは恋ふ水溜りあるむかしの夜道
窓を漏れるいとかすかなる灯の明り、ゆきて(まみ)えむはるかな人に
あけがたの猫の喧嘩の結末は庭に散り敷く白き毛の渦
「留守番」と(しる)せる軍手受け取りつ一生留守番だったわたくし
もう誰も夢の中にも現れずましろき霧につつまれて寝む
昼闌けてものに倦みたるひとときは滾らせし湯でココアを淹れて
諸々の悩みいだきて人たりと思ひ知るなり憂きこと多く
寝たるふりに猫を騙せばやおらして立ち去り行けり空白むころ
われ未だ育てたるなき(鯛つり草)植ゑて見むかと夢みてしばし
さまざまにかたちを変へて老いは来る寝て起きて立つそれこそ大事
にんげんの機能(くら)みし友にして飽かず語るか話のコピー
比叡山の法師が山をくだりきて食みたる蕎麦を啜ればうまし
「継続は力なり」とぞ()が言ひし詠みつづけなむ(つひ)の日までを
幸せはささやかなるを良しとする暮れてゆきたり秋のくれなゐ

▲上へ戻る