目次

2007年6月1日更新(29号)

石を拾ふ    鈴木 禮子

六法全書、紙巻タバコの紙と化し五年に亘る(いくさ)終りき
戦時下の経済警察に悪事しげく汚職もすべて不問とされつ
痩せし背に隠し負ひたる米いくばく役務なりとて奪はれし日か
生き残るてだても(かね)で得たりしと日本全土に汚泥は及ぶ
空襲と餓ゑに苦しみうつろにて五年と言へど果てなかりしか
ひとつ国が巻き込まれゆく(いくさ)あり 津波にも似て(すべ)なかりける
アラブ戦介入のことは愚かなる間違ひなりと今更にいふ
ひっそりと一羽の鳩が餌をあさる生きとし生けるもの切なくて
径ゆくはノラ猫のみの春昼の染井吉野の花のしたかげ
根を削ぎて枝たわめしも盆栽の欅の新芽いっせいに噴く
死にし子の忘れ形見に春来ると告げたるひとの声潤みたり
止まぬ雨はなしと云へりき暗くとほきトンネル抜けし友に朝焼け
(とど)め置くことのくさぐさ 石拾ふをさなきものに吾もつづかむ
生も死も一如とおもふ時の岐路祭り太鼓がどこかで鳴れり
話すとも詮なきことは黙すべし今年の花は異界へつづく
さだ過ぎていま高々と鉄橋をわたりゆくなりすぐ分岐点
一国の首都の首長が選ばれて勝てば官軍と民は言ひたり
快刀乱麻、かかる美学に《長》となり深く(いや)して新知事は笑む
風立てばうねり増しくるみづうみを抑へて立つか比良のやまなみ
重なれる試行錯誤の後にして青あはあはと湖はしづもる
半夏生(はんげしょう)の若葉の萌えをわが友に告げむと思ふそのうすみどり
残りゐしか青葉繁れる千早村、合併予定と小さく報ず
時はゆき大楠公の伝承を我も忘れて過ぎたる一人
神代(かみよ)のこと問ひてきたれる友ありて書庫に立てれば草薙の原
雨止めば庭のかたへに土を掘らむ地温に相応ふ種を蒔くべく
いとしきは人にはあらでものの芽ぞ儚げにして老いのみちづれ
「高架線」消え失せたれど歌の友のおとづれ絶えず神のごとしも
風荒れて花水木散り雨降りてわかば萌えたり目覚めし朝に
かっちりと紅葉葵は芽を噴きて天の配剤おろそかならず
チビ猫と意思の通ひて笑ひたり この世ことなく過ぎゆかむとす

▲上へ戻る