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2006年12月1日更新(27号)

短音階    鈴木 禮子

筐底(きやうてい)に長く秘めたるいちまいの木の葉は時にかさと音たつ
とりとめなき呟きひとつ書き足して歌とは冠すあはれわが歌
ふたたびを戻り得ぬ日の栞とし今宵ひそかにわが伊呂波うた
俊成のむかしは知らず歌病(かへい)と呼ぶそのいくつかに命は芽吹く
肝ふとき母にはあらず老いぬれば力失せきて脆くしあるを
この先はわが子を襲ふまがごとも防ぐあたはず北山しぐれ
八卦本読めばこの先は病院へ往き戻りして往生とあり
となり家のともし火消えて猫も寝て夢の中まで秋はただよふ
カゼクサの木間がくれに点々と揺れて光ればこころ揺れ来る
電子辞書ふたつに裂けぬ金属といふとも疲れ身も世もなくて
相次ぎて手足捥がるるごとくにも訣れのありて深き秋の空
昼に寝て(あか)ときを覚め歌を詠む老年となりて識りたる(すさ)
歌詠めばわれ歌人なり痴人との境はうすき紙一重にか
わが脳に動脈硬化のありといふ白きみみずのごとくふたすぢ
始皇帝と兵馬俑展みて(あり)く丸顔に尖りたる顔、四角がほそのほか
まよなかに覚めて嬉しや枕頭の本の疎林の中のひとつを
寝るためにある夜ではなし当然の事と()ひゐし禁忌をやぶる
いそいそと呪縛を外す愉しみに溺れてあれば死にたくもなし
太ろうが痩せようがあと僅かなり絢爛と咲くつはぶきは黄に
カーテンをくぐりて寄れる窓際に愉しみありて初秋(はつあき)の猫
ネコといふ概念を捨て見るときに新しき遊び編みたり猫は
琥珀の眼かっと開きて聞くものか深夜にもどる(ぬし)のあしおと
けものとも折り会ひつけし暮しあり (おだ)しくあれな過ぎ行く日日は
おとなへる人も絶えたる廃園の樹霊碑一基西へ移さる
加賀屋敷、越後屋敷に桃山と抜けて伏見の大手門あと
永遠はいづこにもなく行く秋の雲とせせらぐ流水ばかり
愛恋も遠くなりたる日の果ては星の棄て場の中にし佇つを
老いの背を屈めて友の掘りくれし半夏生(はんげしゃう)一株(いっしゅ)わが垣下(かきもと)
高架路を新幹線は走りぬけ遠くなりたり旅ゆく日日も
駅ビルの壁面にたかく雲映りいましばらくの猶予はあらむ

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