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2006年3月1日更新(24号)

残響    鈴木 禮子

()のくだちに覚めて詠へる短歌なり残響となり伏流となる
あこがれて短歌(うた)のつどひに拠りてきぬ桜通りの花受けながら
とどのつまり歌は(言問ひ)かにかくに吾も書きつぐ生きのあかしを
天変地異、悪しき夢見のごとくにも巻き込みて凍る冬の列島
生と死を分けしは誰の配剤ぞ豪雪の日のしろき(ただむき)
差し伸ぶる小さき指を振り切りて呑まれゆきたる雪の奥都城(おくつき)
帰らねばならぬ訳などあらなくに決められゐしか死への助走は
だれもかも土に還りて冬深しあかとき赤くつばきの花が
百八ッの煩悩すでに色褪せて夜霧の中に紛れむとせり
鶏鳴とともに消えゆくもののけを信じゐたりき遥かなる日は
もののけとふ儚きものよ無彩にて五官に残る影にあらずや
本当の俺が此処にはゐるといふ百年前の日記披きつ
正月の島田の髪の乙女子にこころ揺れぬと記すもあはれ
昭和初年二十歳(はたち)でありし青年の日記(にき)ひもどけば島田髪(しまだ)に酔へる
第一回普選の朝は快晴と記されてあり吾も生れたる
北陸は吹雪に昏れて正月の炬燵にひらく花ふだの紅
垂直に土に降る雪 窓()してもの云はずして睦月尽日
寒行の団扇太鼓の音もなし嘗て落人隠りし路に
若ければ欲望もまた果てなくて都市の尖塔に登らんとせし
世の中は騒然として荒れ模様「かごめかごめ」を唄ひて遊べ
子等すべて親となりたり長らへてわたしは何をしてゐるのやら
まなかひに冠雪の比良拡がるを称へし人は逝ってしまった
連綿と血をつなぎ来て人は生く星辰移り祭るひとあり
ご先祖は明和の女人と伝へたりあやふきか時の(きりぎし)
やがてわれ「祖」とは呼ばるる日もあらむ日本列島の中程にゐた
昨年も咲きてをりしを 蝋梅に心をどりてわれは寄り行く
底抜けに青くしづけし冬晴の大亀谷のその空の色!
父さんなら八つ飛ばしの雲梯が出来る筈よと児はきらめけり
父こそは白き獅子(ライオン)と子は戀ふをいとほしまれて恍たる朝に
深閑と昼がすぎゆく、老いふかきわれの時とは関はりもなく

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