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2005年12月1日更新(23号)

女シニアの法則    矢野 房子

雨上り夏水仙の初咲きに引寄せられて朝一歩踏む
白々と朝を眩しむ風のなか夏水仙の視線に合ひぬ
手造りしサンダル履きて来たる孫をおどろきと共に迎へいれたり
己がネーム靴に焼きつけこの世界の掟知る孫プロに(むか)ふか
ひたすらに靴造りして賞受けしをさりげなく云ふ驕りなきさまに
何ゆえに靴なのか問ふ(あひだ)なくデザイン染色工程を聞く
靴造りの話はめぐり午前一時なほ意思の見ゆ夢追ふ女孫
紫陽花は妻が化身と描きくれし紫深く友の顕ちくる
あぢさゐの瑞々しさにこみあぐる泪のにじむその夫の画は
沼地より芽吹きし蕎麦の花野いま茫々とひろし被災せし土に
「男純情」と流るる深夜思ひ出づ戦後尾道に聞きし演歌を
息子()を負ひて汽車待つ駅の雑踏にひとり揉まれあひ二十三歳
六十年はたと戻りぬ歌声の貨車の中まで凍む一月を
客車なくそれでも人ら立ち尽くす暗き貨物車に泣く子背負ひて
糠を混ぜ夕べ厨に一つこと続くるしぐさ主婦終りても
わが為に糠漬つけむ小さき壷を抱へて主婦の日を懐かしむ
女を生きる呼吸かと思ふ朝ごとに小さき糠壷かまへて坐る
スタンドをつけるや否や紙の上を尺取虫のまさに這ひをり
灯の下に不意に現る九ミリの虫潰したり鬼の顔して
首元を刺したるものか起き直り動悸止らずさぐりて居るも
蚊をたたき気に止めずゐしわれなるに殺めしと思ふ灯を消しし後も
唐突に小虫を潰し声立てず六十キロわれの一夜は終る
読み古りし活字をまたも読み耽り女シニアの法則()るる
「賢くにならなくて良い」夫のコトバわれはゆっくり下り坂ゆく
淋しさも貪欲に生き葱刻みうどんの昼餉もいそいそとして

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