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2005年12月1日更新(23号)

青き原野    鈴木 禮子

黄揚羽がゆき黒揚羽通りゆく蝶の道なりシジミ蝶も追ふ
ジャングルに生き通したる小野田さんブラジルに拠るその断やよし
六十年の戦後過ぐるも(もと)兵の傷は疼かむ生きのあかしに
囚虜となるを拒むおきての重くして緘黙を長く守らむとせし
言ふことと為せるしわざと本心は違ふものぞともと捕虜の兵
戦時下のカウラの悲劇 人間は脆く揺れたり捕虜集容所(キャンプ)の闇に
桃山や小栗栖(おぐるす)などと史書に言ふ町を選びて生ききしかわれ
城のある土地はめでたき処ぞと慕ひ棲みにき伏見・桃山
見はるかす遠き町並みかげりつつ黄のキリン草まなうらに咲く
葛の花、香にたちたるを恋ほしめば まぼろしの桐 まぼろしの原
深草に棲むとし云はば蟲に似て青き原野の顕ちくるものを
幼な子にふるさととして残るやも北堀公園・城のある町
止り木に来鳴きし鳥の朝鳥の飛びたちしのち行方知らずも
去るものは追はずとぞいふ 瀬の岩に尾を振る鳥の鶺鴒の消ゆ
歌愛づるに飽き果てたりと人は言ひ北陸の灯がぷっつり消えた
九月なかば白桔梗(きちかう)の弾けたり捨つるなきかもこの人の世は
失ひて大泣きしたる玩具にて「蟲さま」の肢今朝見つけたり
おぞましき蟲のモデルと見てゐしが幼なと結ぶ呪物なりしよ
イツツボシオオクワガタになりたいと四歳の児の熱きあこがれ
ふところへ礫のごとく飛んでくる温もり受けて祖母でありける
学校の名前「畑田(はたけだ)」はるかなる陽の匂ひして子の行くところ
生き死にのことも話題のひとつとしネコをを抱く子は九歳となる
新聞の「時々刻々」の囲み記事、妙に身にしむその四字熟語
事の遅速あるともやがて捨ててゆく花殻、交誼、さらに思ひ出
魚子菊(ななこぎく)さきたる原を夢に見つあはれ地に生ひてその魚子菊
わが見むはまぼろしの花、冬に入るこころゆらぎに日暮れてゆくか
陽のささぬ虚空蔵谷のけものみち踏みなづ)みつつ瀧にちかづく
修験道の修業の場と伝へたり)るる無しとふ虚空蔵の瀧
厚らにも苔蒸し湿る羅漢の首いのりとともに幾世か経たる
笑ふあり怒りておら)ぶ顔もあり羅漢に衣冠なきを尊ぶ

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