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2005年3月1日更新(20号)

ひそかに軋む(三十首詠)    鈴木 禮子

もみぢ葉の色さまざまに山城の田辺の奥の一休寺古る
傾ける陽を受け立てる山門のイロハ紅葉はをみなのごとし
ころころに(ふと)りたまひし九品仏(くほんぶつ)あくがれたらむ貧しき民は
鼾かきて猫はねむれり月明の集会などをもとより知らず
意に添はねば甘噛みをして声を揚ぐ猫いつしかにわが家族なり
月の出も長くを見ざり人工の光たのみて井の底にゐる
日常の茶飯事こそが幸せと幽かに笑めばマツケン・サンバ
鬼女面を地下鉄道の窓に見つ音立て雪崩れよるの引き汐
水の壁に呑まるる船の映像あり海の汚点を消し去るごとく
荒涼とつづくアリゾナの風景が瞬時に届く電子メールで
解凍し食むひるの飯いつ知らに文明文化の冷え募りくる
玄冬の窓揺すり行く風の音飽かず尽きせず日すがら鳴れり
黄泉の国はむかし地つづき行き交ふは易かりしとぞ古き神話に
人麻呂が泣きて辿りし衾路(ふすまぢ)の霜ふかからむ如月に入る
風すさぶ殯宮(あらきのみや)に祀りては死者への嘆き久しかりしか
明けの日もまた次の日も泣きくれて万葉びとは人でありにし
(かく)り世と()が名付けたる世にあらむ見えくるごとし老い深き日に
ひともとの樹をたかだかと繁らせて古墳はありき名は車塚
何ゆゑに死語使ふかと問はるれど幻視するなり上代(じやぅだい)の花
神酒なしに踊り得ざりし()神楽(かぐら)と杳き眼をせり語り部の老人(おい)
口ひろく開けて歯科医の贄となるたちまち我は俎上の魚に
節分の豆撒きの声更になしひそかに軋む地下の岩盤
恵方に向き鮨を食めとふ謀略のききめありしか寒の柔らぐ
ヨン様風マフラー結びが流行るとぞ流るる水に人はやすらふ
ホラー小説三部作読み湿りたる同工異曲の(いろ)にも倦みき
「カルパッチョ」を疎める短歌眼で追ひぬわれは刺身とおなじく好む
身めぐりは薄暮の気配どっぷりとは言はねど物のいろの(くら)みて
霧のなかに佇てるか認知障害の翳見ゆる友に口閉ざすのみ
誰か通りわれまたくぐる門ありて莫たる不安徐々に膨らむ
旧姓にて呼びかけられし束の間をぐらりと揺れて春先の地震(なゐ)

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