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2004年9月1日更新(18号)

陰気な蝸牛(30首詠)    月山 幽子

ずぶぬれの陰気な蝸牛潜ませるぺらぺらのアンセリュームに
夜と昼を潮にたはむれ水門の錆を重ねる過失のやうに
白き船は海の柩を曳航す弱者は曳くべき尾を失ひて
やはらかき海馬のなかにしまひたり熟れずに落ちし緑の柘榴
あどけなく見ゆる少女の入れ墨の隠喩めきたる夏昏くして
息つめて蝶をにぎりぬ汗の手に銀粉ねばらす夏の脳波は
西窓の脱水気味の仙人掌の刺過敏なり蛇は逃げるな
有り明けの水の底よりせりあがる蒼き(うすもの)まとへる影が
カレー粉のびまんの室を腰ぬけの風がノックすそれでも自尊
大理石の壺にゆまりと思ふ夜の磔刑のゆめ成し遂げられむ
王宮は誰がためにある暗殺の終れる夜に霧に呑まるる
グラビアの縁にて切りし指を巻く包帯色の聖地はきらい
当然のごとく老いの首ならぶ優先座席の胡散くささよ
腑の色に食傷したる某外科医旅立ちゆきぬ緑の島へ
悪童に似たる(やまひ)を飴と笞つかひ分けして撓やかに生く
事故をみて海馬の空に銀河たつ仄明るくて又哀しくて
優しさのみなぎる(ひと)の一部には歯の欠けさうな種子をふとらす
名器とは思はざれども駄楽器とみられゐるらし血の濃ゆき徒に
孤立せる真白き鹿は群青にちかき緑の谷間に眠る
病む感性もちたるひとの作りたる調べは長調明るく弾む
雲にまでなれざる雲を見てをりぬ夭折の鳥なつかしみつつ
黎明を樹液の匂ふ隙間より白く濁れる液にじみこむ
結晶度たかきエロスか針ありて白桃を刺す非常なまでに
意識下の自己撞着か純潔を願へる雄木は花粉にまみれ
異次元の睦ごとなれば呻吟のなくて空白真空よりも
火の色のフェラリーに乗せし美少女が鼻をならせば置きざりにする
これ以上醜くなるな老婆達老化の脳に銃口むける
銀粉にまみれた指でめくられる羊歯の図鑑は夜を深くする
咲けぬ花盗みきたりて水をやる自明の青の現れてこぬ
ずぶぬれの陰気な蝸牛をそっとおくアンセリュームの乾きたる葉に

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