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2004年9月1日更新(18号)

光あるうちに(三十首詠)    鈴木 禮子

虚をうたひはるけき(じつ)を詠ひたる歌人凛として逝く六五歳
急ぐなく怠るさらに非ずして大工は板を屋根に竝べつ
炎天のハンマーの冴え小気味よし永らふること罪にあらずや
蝉の啼く烈しき夏の視野に来て雨呼ばむとするくらき空
多発する爆弾テロに身を焦がし法悦ありや イラクが燃ゆる
クレタ島でペットとなりし次第など曳きてしづけき猫族の(まみ)
ことの次第やうやく見ゆる晩年のひそけき壁に咲く白き花
雲梯に下がりて揺れて声あげて脱兎のごとく児は駈けてこよ
デザインの仕事に詰り戻り来てずぶぬれの傘たたみゐるなり
B型は人にモテずと放映す さうださうだと苦笑ひせり
勝負時失くせし猫がぬきあしで時稼ぎつつ草踏みきたる
ぼんやりと京都タワーが煙りをりすぎこしはみな雨の匂ひす
露けきはなつかしきかな梔子の白も垂れたる槐の花も
ずぶずぶに酔ひて動けぬ日の終りこの世のことはすべて忘るる
「死ぬときは死ぬがよろし」と言ひながらいま薬食にうつつなしとぞ
煩はしき事ことごとく忘れなむ昔ツウレの王がさかづき
美男好みの母が(なみ)せし父の(かほ) 朴の葉のごといまなつかしむ
稲妻は地を装飾す 亡きひとの訪れとしてふたたびみたび
朝顔の伸びたる蔓を巻きたれどあしたに否み(くう)掴みをり
朝顔は左巻きとぞ伝へたり回れよまはれこの左巻き
朝なさな朝顔ひらく束の間のしたたる青と白とくれなゐ
七月の灼けし石段八十段ここ過ぐるなく帰りてゆけぬ
この日ごろ箴言いたく身にぞ染む「光あるうちに光の中を歩め」
紙が好き B4の紙買ひ溜めて王侯貴族の安逸にゐる
ひと雨が過ぎて抜けたる身のほてり生きております細々として
眠られぬ夜も恩恵と思ふなり思ひの糸をならべて遊ぶ
亡きひとを冥府へ遣ると燃やす火の船型宝燈後火(あとび)の赤さ
さんざめく夜の川原に送り火の大の払ひの良しといひしか
盆はてて京都五山の送り火も夢のやうなりことごとく消ゆ
共にせし歩みは仮初めならずしてゑにしは深くわれに刻まる

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