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2003年12月1日更新(15号)

不穏の篁(30首詠)    月山 幽子

子守唄猫にきかせる唇しびれ真昼の嘘が夕べに祟る
海賊の長になるとき彼女より嫉妬の消えて慈愛こぼれむ
てにをはがすっかり伸びて蛇になり白壁を這ふ夜ともなれば
コクシジュ―ムに負けて兎は死ににけり花の名前のやうな死神
相姦は劣性ふかむ脳のなき犬の生まるる蔵のある家
群青の切子硝子の砕けたり体内日蝕はじまるきざし
てふてふの刺繍をしたるクッションに拾ひし贋の指輪を隠す
真っ白の奔馬なだめてむらさきの稲妻あかし夕顔そむる
暗緑の森は麻酔の気にみちぬたぶらかされて出口のあらず
採血をたっぷり吸へる注射器の充たされざるか過敏の針は
いささかの凹みの水にひたすらに孑孑は動く蚊になるために
百円の地球儀手にし三十秒 支配者たらむと背伸びするなり
注ぐべきものは涸るるに透明なグラスを並べ風を誘ふ
離りゆく仮面を追へば赤き橋渡りて不穏の篁に入る
つまびくに失語症なる琴なれば焼くほかはなし紫の火に
不安感なき日に不安探すとはなりたくはなし隠花植物
アンタレス真昼の天にまたたかむさそりの紋をハンカチに記す
われは風紫かづら(のうぜんかづら)咥へつつコバルトブルーの空をこがるる
ちぎれぐも次第に鳥に変容しさまよふ魄のゆりかごとなる
アボガドを転がすゆくて赤黄の火球のたちぬ天使とぢこめ
カマイタチ風の死により誕生すあなたの膝は割れたるザクロ
オリーヴの油でいやす空の創クリムトの女目を細くする
清流の「川蜷」冬を肥りゆきやがて蛍の一部とならむ
整形に失敗のひと買ひ漁る傷もつ果実を青空市場に
曇る午後すれっからしの風の吹き湾岸線に(かもめ)と男
錆つきし海馬と左脳打つ風は酸性雨までひきつれてきぬ
還るべき初心もたねば営々と蜘蛛の糸もて籠を編みゐる
都会にて早寝をすれば異端者に近づくやうな後ろめたさが
エリオット荒地に花を培てしがなべて変れり多肉植物へ
月あれど暗き夕べを争ふは越前蟹の解体順序

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