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2003年12月1日更新(15号)

オンブバッタ(三十首詠)    鈴木 禮子

反転し反転し()夏夜(なつよ)の夢その大方は遁走にして
いつ知らず分け入る老いの中道(なかみち)の未知なることは快楽(けらく)に似たり
新旧の交代劇に口閉ざし去りゆくものに花を贈らむ
秋霖は日すがら降りて影くろき仮面顕ちくる仮面のわれに
一夜明けて秋冷到る 魔術師はものかげにゐて笑みつつあらむ
いち早く季節の動き知る猫がぎんいろの髭そよがせて立つ
声あげて門出の日ぞと歌はむかプルシャンブルーの秋空仰ぐ
ひともとの秋明菊が主張する寺庭にある己れのあり()
新開地に家建つまでのパラダイス児の追ひてゆく紙のひこうき
草陰の虫を捉へてやりしとかバッタ友達たちまち生る
三人子(みたりご)は秋風まとひ跳ねやまず日暮るる速き十月の原
耳にせし言葉なりしか「今頃の若きものは」と()が語り出づ
秋空は薄墨色にさま変り「七つ下りの雨」となりたり
カポーティの物憂き話読みをれば秋も半ばの日が昏れてゆく
胸毛白く睫もしろくなり勝る老猫と聴く夜の雨の音
図書室のブースに止り木のごと座して生きゐる意味を改めて問ふ
草の根が絡み合ひしかホームページ・「迷走地図」の訪問者たち
さし迫り人に救ひを求めつつ救急車の警鐘(おと)近づくを待つ
後頭部挫傷と言ひ合ふ隊員の声聞きてをり救急車の中
紙のシーツ広げられゐて速やかにバトンは渡る若き医者へと
()の傷は癒えゆきたれど全身の打撲に悶絶す二・三日
霧をぬけ飛びたつ鳥はひたすらに焦れたらむか光を指して
一族の序列守りて三匹のオンブバッタが背に重なれる
米と柿と祖父母の写真送りきぬセピア色せし血脈の(かほ)
(あけ)ふかき「八珍(はっちん)」といふさはし柿 父祖の生活(たつき)(いろ)そへしもの
宮城野萩の苗求めきて地に植ゑぬいづれ儚き生きの日のゆめ
紫陽花は半ば日陰の場所がよし陽すぢ確かめて掘る()さき穴
ゴルバチョフもナヲミもすべて絵となりてハーブ・リッツの写真の世界
芸術となりし写真と記さるる体温放つダライ・ラマの()
看取らるる友の家族を見舞ひたり八年過ぎてもう崖っぷち

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