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2003年9月1日更新(14号)

青きおおかみ(30首詠)    月山 幽子

にんげんの湿地のあたりサルビアの紫沈む晩夏と言ふに
青リンゴ未熟なままに醗酵し鳥を酔はしめ失速させる
フェロモンを出す植物の甘き罠億光年のゴキブリ溶ける
病棟に暗渠のありて薄き血のさらさら流る死のちかければ
妻妾の洞穴の家の濁る池くろき鯉のみ生き残りをり
貧血の月に生贄捧げたりレモン一顆と紅バラ添へて
数本のマッチをすりぬ指先の火薬の匂ひに恍惚となり
ケシゴムが文字と概念消してゆく自栽のかはりの営みならむか
性愛を卑しきものと思ふ日を凌霄花の落花を拾ふ
注がるる濃密なもの避けがたく受洗のあとのみだらなる(うろ)
ストイックになれば感性やせてこむさんびか捧ぐ神の痩身
改造車夜の芯へと消えてゆく射精のごとき音をのこして
ちりめんの花喰鳥のかたはらのニセアカシヤの黄の花盛り
低音ののB29はぶよぶよの海馬のなかで何時まで生きむ
くらがりに靴がならずに骨が鳴るひとのものとは思へぬ骨が
芋茎いろに皮膚のたれにしひのもとをエノラ・ゲィの小さき少年
触媒にもてあそばるる哀しみを砂金のやうに深き川底
ナーバスな青き林檎にしげきされ落しさうになるワイン・グラス
オリーヴの油でみそぐ空の傷クリムトの女目を細くする
台風の眼のかりそめの静けさや死火山の仮死終る日の来む
乾坤の夜明けの時と疑はず鶏の叫ばむ蝕のあとさき
おふくろと蛍ぶくろと池袋もらひしふくろにも何かがたまり
荒野には氷の柱もえさかり青きおおかみ清らかに病む
カサブランカ蕊は切られて壷にあり捧げてよきか嵐の芯へ
悲しみの筏のいろは碧なるにくれなゐ匂ふ四次元の河
金色のシャワーの微粒子クリムトの女身にちりばふ花火をおもはむ
炸裂の烈しき音に動悸せずしたたかに生く羊歯をそよがせ
花火終へあとに過酷な夏のくる青年の汗火薬をふくむ
不死鳥か花火の闇に飛び込めり鉄扉の中にひとは滅びぬ
カンナ咲く干天の家しづけさの燃ゆるを帰途の消防自動車

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