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2003年9月1日更新(14号)

籔の中(三十首詠)    鈴木 禮子

枝を撓め梅花うつぎは咲きみちぬ散るを待つべきその雪の色
からからに口腔乾き声もなし親交は瞬時にして崩る
綿雲の離散を長く見てをりぬ自づからなる過ぎ行きあはれ
たはやすく人に言ふべきことならず口を閉ざして夕映えは見よ
「籔の中」とふ名作ありき澱みたるわが半歳の退(すさ)りゆく日に
別れとは自づから流れにて見返れば鳴る他宗の太鼓
管鮑の契り詠へる詩のありき人が温めし虹といふべし
潰えたるソヴィエトの夢搾取なき人世というも儚くて終ふ
二つの大戦過ぎて生れしビート世代疲れしか遂に見えずなりしも
「たまちゃん」などと人が浮かれて過ぎしのちヤミ金地獄に死にゆけるあり
亡き友が愛しみたりしコクトーの「オルフェ」梅雨の最中に観をり
泪溜めしマリア・カザレスと慕ひつつ君また行くか黄泉(よもつ)平坂(ひらさか)
ガラス一枚抜けて異界へ滑り入る神話の(ひと)の後追ふは君
梅雨明けの雷鳴遠く響かへば薄き陰画のごとくはらから
細き胡瓜・茗荷・青紫蘇きざみつつ夏の匂ひは(なづき)に及ぶ
苦瓜は遂になじまず味淡きみどり食みつつ夏遣らむとす
そで垣の梔子しろく泛びつつひとひの命に光のまとふ
帰去来の思ひを胸にたたむとき白鮮やかな夕顔に逢ふ
埴輪の馬、うすく苔むし佇めり尻尾のあたり尻尾のあらず
穿たれし昏き眼孔ふかぶかと進路にむきて動かぬ土偶
人型に馬型、鳥型こねあげて心痛みし日に祈りしか
異国の面いまだ門辺に掲げをり魔除けにせむと亡き人言ひき
猫といふ小さきけもの飼ひならし「大きな欠伸ねぇ」と今朝も言ひたり
山住みの歌びとの()を漂へばむささび蒼く眼をこらしたり
暑熱より解き放たれしあかときをあくがれて読む歌集一巻
立ちどまりわれは思はむわだつみの如きか歌の持つ底ぢから
茄子を焼き味噌をからめて食うぶれば夏の闌けゆく舌触りする
極楽丸と名は華やげど新盆の魂魄乗する()の船出あり
新ぼとけひそかに乗せし精霊舟美々しく揺れて()の宮津湾

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