目次

2003年6月1日更新(13号)

揺れる    月山 幽子

自閉症児育てる母につきささる安堵を含む他人の視線
われやすき卵の殻に文明の脆さたちきぬ五月の朝を
形あるもの作りこそ確かなれ揺れすぎないで端正の美
不機嫌を直すに哲学不要なりソフトクリームに溶かされてゆく
獄中に中島らもは何をみむもの書きといふ欠落は才

二律背反

放火よむ前川佐美雄の美意識に思ひ込み歌人の頬ひきつらむ
天秤に計量カップが並びゐる緑の風のもつれる出窓に
解体はもう遅すぎる垢のごと身につきている強き柔軟
早朝に(らい)訪れぬこんがりと焼けたるパンの匂ひをもちて
マボット街に住みゐし人の遊離魂ベランダに来る月光(かげ)にまみれて

踏みだせば

透明な泉は誰のために湧く洗礼のごとき結婚式あり
迷ふとは愉しきものよ複雑な光かさねた殿堂に入る
コクシジュームに負けて兎は死ににけり花の名前のやうな死神
一連の黒い真珠は粒揃ひ不気味なるかな同じと言ふは
手のひらの断首の椿ひえびえと翳る心のらせん階段

恍惚の昼

白蓮のいちばん美しくみゆる位置さがせるときに花びらこぼる
紫の絨毯に落つ水銀は醒めやうもなき眠りに沈む
存在の淡くなりゆく昼まひる流砂のひびきベランダにきく
若き日の刺青はもはや消えゆきて天上の紺に見捨てられゐる
学名を知りし時よりその花は明るき軌道はみだしゆけり

▲上へ戻る