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2002年9月1日更新(10号)

晴天域    鈴木 禮子

あれは既にあきらめし筈 さはあれど朱の色ふかく六月の罌粟
にんげんの心の谷間に生ふるものややに饐えたる苔のたぐひか
忘れられし昼月淡くかかりゐて晴天域はあと僅かなり
奈落へ向け架けられてある虹の橋夢の醒めざる平穏もある
「完全な人間なんていないもの…」いかりや長介のせりふ漠たり

方向舵

救急車のサイレン古傷に触れて切り裂く「道路(みち)をあけてください!」
たゆたへる青き光の中にして方向舵握る常にあけがた
底紅のましろき芙蓉迷ひなく枝うずめたり炎天のもと
白桃の喉ごしのよき夏の夜か かにかくに過ぐきのふおととひ
わだつみを独り旅せし白髪の堀江謙一冴えざえと笑む

青ふかく

青畳の匂ひに噎せてねむりゐる昔わが身は虫なりしかも
木のほかは草と断ずる植木屋が刈り込みすぎて花がひらかぬ
イメージを歌に替へゆく折々を歌よりもなほ青ふかき花
青き紐を幼きこどもは嫌ふなり美しくなし美しからず
恍惚と幼児の散らすシャボン玉かがやきてゐよ人世(ひとよ)の夢は

積乱雲

思ひふかく詩をこそ読まめぬかるみを行きなづむとき言葉光れり
後夜(ごや)に醒め良きことに逢ふ予感せり思ひ澄ませばくしゃみす猫が
「王の挽歌」読みて愉しむ 昔々大友宗麟筑紫のくにに
だいぶ小降りになったと思ふ ガラス戸の彼方に光る遠き稲妻
積乱雲みるみるに空覆ひたり安達ケ原に秋たつらむか

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