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2002年6月1日更新(9号)

溺死    月山 幽子

暗闇に真白き二本の腕のびてピアノ引っかく爪割るる程
棚にある香水瓶に夕日さし蒸留水の哀しみの湧き
卯の花の咲く頃こころに雨の降る色で言ふなら赤色の雨
高層に棲む浮遊感もてあまし禁区に入りぬ土を踏むべく
古井戸に水の気配す星降る夜井戸の持ち主溺死をしたり

引き潮

負の思考さげすむ人の多くして自信過剰の大名行列
恍惚の引き潮となり心象の漆黒の海に不知火ともる
快復後不機嫌になる医者のあり傍の花瓶の黄菊白菊
自信なきモラトリアムの三十歳親の脳葉食みたしと言ふ

錆止めの技法

錆止めの技法を知らず人恋ふな骨の芯まで腐蝕のはやし
楚々とせる野の花ばかり好めるは裏返しなりコンプレックス
噴水のいただき絶えず変容すものを観る目に穴のあきゐる
夕ぐれに紅き花よりまかがやき暮れのこりゐる白きペチュニア
腎臓の形なしたるそらまめにまつはる悪夢死しても言はぬ

伸びたゴム紐

開くとき鋏に迫力みちてきぬ跨ぎゆくのがためらはれゐる
電話とはどちらが先に切るべきか気遣ひながらゴム紐のびる
面食いのどこが悪きか指摘せよ軽さこがるる反逆をもつ
体内に多くの昆虫すむらしく不協の音の静けさを食む
ヴィールスをちりばめながら鳥のとぶされど鳥への執着ふかし

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