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2002年6月1日更新(9号)

果てなる景    鈴木 禮子

痩せ土に細く小さく土筆萌ゆその沈黙のひたすらの色
さくらばな咲き極まりて危ふきか花蔭に佇つひとも地蔵も
満開の花の蔭にて老いふかく眺めをりしか果てなる景を
振り向けば何もなかりきふたり子を育てしのみのあとも茫々
シグナルがぽつんとひとつ点りをりよるをとどむるその赤のいろ

梱 包

十四年の月日はながれ亡き人の書庫片付けぬ重き書籍を
わがためには殆どゴミに近きもの書籍の梱包累々と積む
「この本をすっかり読んだのだろうか」子は呟けり畏敬を込めて
うっすらと黴たるノート身動きも叶はぬほどの日程古りて
五年日誌購ひし夫がふと洩らす「俺はどこまで書くのだろうか……」

遮断機

はつなつの青きつき草水芭蕉梅雨ざむの日にをみなのごとし
はなみづき咲きたわむ日の明冶村過去世の景のなかにいもうと
空に湧く雲に名前をつけたりし遊び心や良き世なりしか
ひつじ雲・鯖雲・はては鰯雲広きキャンバスに絵具をたらす
遮断機の警報たかく鳴り出でて黄色き蝶は越えてゆきたり

交差点

約束の地点へ車輌走り去る風にあふられて立つ交差点
キーを押しケイタイに対ふ若者ら春の車内にホームに無言
スポーツのトレーニングにさま似たり力絞りてをさなご遊ぶ
をさなごの遊び残しし玩具箱ひと声あらば立ち上るべし
二十分泣きわめきしがカクンとやむ鹿威しの竹跳ね上がりたり

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