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2001年9月1日更新(6号)

黒衣の蝶    月山 幽子

あぢさゐの迷走地図のひろき葉に密着してゐる黒き蝸牛は
露出せるパイプの伸びる地下廊下液体窒素の青き水音
竹林にふしぎな仕掛のひそむらむ黒衣の蝶がつぎつぎ生る
あげはてふ回転扉に巻きこまれ少女に止まり脱出したり
草の芽はしたたかに爪をかくしもち大理石を傷つけむとす

悪意のプレリュ―ド

泥あくた隠せる沼におぼろなる月明かりそむ魔の時間帯
その笑みの芯にもゆるは悪意のみと老いたる感受は見落しもせず
ぬくければ刃物の感触やはらかしと誰が言ひし嘘ぞ大根を割る
憎しみに顔ひきつらせ演技者の肩のあたりに漂ふ殺気
思ひきり胡椒ふりかけハンバーグ憎悪とじこめ鉄板の上

水辺の殺意

ドルフィンの美形のナイフ握られてものういばかりの静かな厨
美味なるを食みてしばしの優越感 ノスタルジァは恐竜の森
よろこびは蓮のさまに匂ひたつ 水辺の殺意誰か気付かむ
バターさへ凍れる部屋のクリスマス胎児の頭が神を探せり
幻のたわわに稔る青林檎 感電の気配みちあふれゐて

都会の虫けら

河豚鍋も壊さんばかり食む仲間 家族のやうな他人のやうな
孫の鋭き視線ささりぬ ものを食む長閑なわれを許しがたしと
数日を停ったままのカローラに都会の虫けら一瞥もせず
子と妻はあるじの欠点探し出し貧しき卓の一品とせり
孫たちはどちらが重しと計りつつ言葉選びに頭を使ふ

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