目次

2011年6月1日更新(45号)

麦の穂一本    馬宮 敏江

もうひと日温き日あれば一せいに開かん構えに白蓮のつぼみ
十日ほど浄らに咲いて白蓮の二日つづきの雨にくずれぬ
黒百合の芽が出ましたよ 朝の気を破って嫁の良い声である
寒のもどり冷たい雨に芽吹きみすこころ待ちするあの庭の沙羅
「もういいよ」遠慮しながら待っている友より届く明石のくぎ煮
ストーブに並ぶ十本の手の甲にそれぞれ生きこし皺をかざして
校庭に開花宣言ひと枝の桜に揺れて目白のあそぶ
あと幾たび花のさかりに会えるかと桜吹雪を身に浴びながら
キッチンの出窓にうつる樫の影伸びて縮んで春陽におどる
おのが生えの紫陽花のつけし蕾ひとつさて何色の花の開かん
夕焼けに会いたく和歌浦、丹後の海でもわたしは何時も雨おんな
通学に五年(いつとせ)馴染みし改札口無人駅となり時間(とき)止まりしまま
供花にまじる麦の穂一本 ご先祖さま故郷もきっともう春ですね
日に一度帰郷のわれを訪いくるる芽吹きの柿に鶯のなく
草を刈る鎌持つ手元のためらいぬ忘れな草また母子草の花
亡夫宛のメールようやく途絶えたり六月の風に逝きて五年(いつとせ)
晩年の夫の愛でたる鉄線のむらさき今年も満開となる
打水に小さき虹生れ若葉揺れ三坪の庭は吾が家の宇宙
白樫の葉にしがみつく蝉の殻新蝉なるか去年の名残りか
梅雨近き驟雨にけむる河内の野 雄岳・雌岳に今日は会えざり
被災者の顔、エール送る人々に毎日涙つきる日の無く
安否放送夜通し続くによみがえる戦後に流れし尋ね人の時間
もう一度起ち上らうよ東雲の光見上げて 日本人だから
ひと振りで黄金(くがね)花咲くみちのくに戻して呉れる魔女出てこぬか
ささやかな援助基金に送りこし律儀に届く領収書受く
いずこより移住したるかポピーの群れオレンジの風空き地を占める
蛙の声ひとり占めの夜三日月のひかり届かぬ早苗田の闇
ようやくに携帯電話に馴れこしをスマートフォンとうを勧められいる
靖国に義兄は在せりフィリッピン、シベリヤの地より帰りしままに
第三部「坂の上の雲」を見たいゆえ生きてみようかもう少しだけ

▲上へ戻る