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2007年9月1日更新(30号)

夏日抄    鈴木 禮子

ひさびさにわが踏むものか飛鳥野にヒメジオンはた苜蓿(つめくさ)濡れて
石室の正しき位置に星座ありキトラ古墳の鎮護たるべく
漆喰に色をかさねし遠つ世の高松美女のすずしき鼻梁
時期来れば花をかかげて実もむすぶ一樹に触れて吾のとしつき
蓮華紋、白磁の壷は李朝期の遥けさにありくらくらとする
まひるまの「サザンクロス」といふ店に満艦飾の女らは群る
痩せ薬のメールとめどなく届き、飽食日本、飽食日本
電波時計(たが)はぬ時を刻むなりたまには止れ遊びの如く
日陰にて育つ花苗撰びきて北塀際に植えておりつも
日陰ガーデン、名は淋しきに咲き競ふ をだまき・エビネ・はた、半夏生(はんげしょう)
星合(ほしあひ)の祭りにさやと揺れをらむ夏の短き仙台・青森
眼の清きタイガーウッズに似たる子に荷を渡されつ笑顔とともに
夜の床に入らんとするにいち早く駈けよる猫よおまえは家族
猫にしても楽しまぬとき間間(まま)ありて眼のひかり失せ膨れをりつも
酒屋が来、宅配がきて途絶えたり。仕事もなさず終へたり一日
若くして日がな一日励みたることのありしよ今夕焼ける
エイサ~と掛け声あがり茨木神社(いばらき)の山車軋みつつ雨の舗道に
「われひとり坐りてゐたり」といふ歌の深き孤独は今にして知る
巻きやれど一夜さののちするすると蔓はわが身を(ほど)きてあそぶ
長かりし隧道をいま抜けむとし濃霧もいつか散り行くけはひ
をだまきの若葉の窪に耀よへるしづく動かず夕さりてなほ
心地(ここち)』とはこころの地平、熱帯夜(ねったいや)明けの冷気に肌がよろこぶ
ふかぶかと息を吸ふとき朝の気は五官をつたひ鮮烈に来る
乾ききりし土に注げる一杯の水にやうやく葉の立つ気配
生き残る木にのみわれは活かされて熱帯都市のかつがつの生
ままごとも遊ばずなりて幼子の次なる駅はいづこなるべし
年輪を重ねしひとと(むか)ひをり滅びに向けて穏しかりける
ひとしきり夫婦喧嘩の絶えざりしが(あひ)(とも)に淡くなりて坐せる
姓名を呼びくるる人が好きである婆さんではなく爺さんでもなく
老いと死は避けて通れぬものながら夏の花束抱けばときめく

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