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2007年3月1日更新(28号)

北帰行    矢野 房子

木洩れ日に散り敷く銀杏の黄葉(もみぢ)みち踏みゆく今日こそ老いなど弾け
(おな)い歳の友また悼む 永眠とふハガキの(かさ)()にある暮に
離りゆく友あり終の別れあり荒海の如く迫り来る冬
ご子息の許へ行きしと風に聞き無言の顔のやたらに浮ぶ
朝の陽をあびてアリスの花芽つき数へようにも多すぎる紅
陽あたりの窓に馴染みし葩アリスいざあかあかと耀くは何時
人けなき丘の()に立つ冬桜誰に見しょとの白っぽき(はな)
震へ咲くさくらの花の下ゆくに華やぎあらぬ十二月尽
友の家の窓ゆはるかにさくら一樹風に立ちたり年の終りに
雪見酒を墓石に供へ息子()と並び雪しきりなる暮の詣でを
昭和の代の永遠の別れの痛み越え愛問ふ響きも今はまぼろし
振り返り確かむるなき目標をゆうゆう記す元旦の日記(にき)
高齢化いくたび耳にせしわれか孤独思はぬ誼のあらば
二十余年一人の生活(たずき)に無用なる愛ここにきて今は鮮らし
われは生く 老いそれよりも模索する自分のものをはっきりしたき
天袋の闇に眠れる画仙紙よその一端に今年は触れむ
予定表の調整をなし絵筆持たむ まったなしの老いに時間を下さい
天袋に横たはりたる画仙紙をかかへおろして総てはここから
宅配の食に恃める友かへりて大根ころころ炊くはたのしみ
己が身を限りて宅配にきめにしがも少し動く間のあらむとぞ
豆撒きの邪気も祓はず闇へだて少しばかりの豆を(たう)ぶる
赤か青か小さき鬼の何時よりか沖より来り住むこともある
肌に合はぬ(ひと)と話のはずみたりきっと小鬼は隠れてゐしか
冬枯れの畦道ひとりわざわざに歩きし時は六十代なり
沼と思ひ長く見てきし今となり池かもしれぬあはざれば尚
夕されば疲れのどっと()(くだ)りショコラの刻とばかりに一粒
枯畑の延々広ごる山城の友の()近し快晴の朝
開かれし団地に入れば洋館の洒落たる構えメルヘンのやう
ケーキまで手作りし友の卓上はみるみる小料理の店と華やぐ
北帰行始まる(とき)か冬空は大鶴の群旋回しきり

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