目次

2000年6月1日更新(創刊号)

朔の夜    月山 幽子

無花果を盗み食みしは遠き日よ神の(マナコ)は優しかりにき
産院の紫陽花の鞠 朔の夜に胎児の頭となりてざわめく
無花果の葉裏にひそむ呪詛あれば解くまで帰れぬ母の待つ家
撃ちたればもうそれでよし獲物など蒼ざめている月に与ヘよ
朝間山ゆ鉄の錆びたる風吹きて草木も見えず荒涼の景

静止ノ昆虫

真夜中を背筋伸ばしてコンビニへ入りゆく老女を犬が見てをり
青年の息うばわんと花あふれ水あふれきて春の残酷
お茶の水 アテネフランス 片手なき教師の面輪 ドリアングレー
白壁の黒き一点動きそめやがて静止の昆虫となり
パトカーのサイレン巷の夜をきりて外科医の涼しき表情をせり

摘 出

隠すほどプライバシーを持たざればカーテン全開空ひきよせる
喪失に馴れてしまへり摘出の臓器の行方 野は花盛り
鳴りそうでならない電話にんげんの思惑ゆれて陽炎のたつ
暖かくなりてナイフは鈍くなり怠惰な錆を陽に浮きたたす
ベランダの鳩の目黒し罪科(ツミトガ)につながるやうな黒き輝き

呪 文

住民登録どこにするのかふわふわの遊離におちるエレベーターの中
雷のきんぞく的な体臭にかろくめまひす飽和なるとき
ふりむきし面輪はすでに蝙蝠でわが子はキッキと呪文を放つ
石けんのすぐひびわるる空間に色ふかめゆくパンの青かび
急に足の伸びたる少女を透けてくる菜の花いろの黄なるホルモン

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